未必の恋
2020.05.24.
目が覚めたらとびきり綺麗な顔が間近にあって、自分の腕が細い腰を抱き寄せていて。走り込みをした後のような、すっきりとした気分の中にわずかに倦怠感があったとする。
この場合、胸を占める言葉はこうだ。
「……やっちまった」
色違いの瞳を隠す白い瞼をぼんやりと見つめながら、必死で記憶を辿る。昨日は魔法舎でパーティがあって、カクテルを飲みながら踊ったり騒いだりしていた。そこまでは覚えている。途中から、既知の遺跡にいる時のような妙に浮かれた気分になって、誰かの手を取って、はしゃいでいた。そこから先は何も思い出せない。窓から差し込む日差しが眩しくて、目を覚ましたらベッドの中に裸のオーエンがいた。ちょっとしたホラーだ。叫び出さなかったのが不思議なくらいだった。
現実から逃げるように目を泳がせたら、床に二人分の服が脱ぎ捨てられているのが見えて、逆に頭痛がした。
言い逃れのしようがない。何ひとつ覚えちゃいないが、状況証拠はばっちりだ。オーエンが起きたらさすがに殺されるのではないだろうかと思ったが、これで知らないふりをして出ていくのはいくらなんでもろくでなしだろう。そもそもここは俺の部屋だから、出ていったところで何も解決しない。
さてどうしたものかと混乱する頭で考えたところで思考は空回りするばかりだった。
やがて、「ううん」と小さく唸りながら、オーエンが目を覚ました。
まだ眠気を含んでとろりとした飴玉のような目が俺をじっと見つめる。
間近で見ると人形めいた美しい顔立ちはある意味暴力的だった。賢者様がやたらとこいつの顔を褒める気持ちもわかる。無垢なようで妙な色気があって、毒々しいのにどこか清廉。ちぐはぐで見ていて落ち着かない。
「……きしさま?」
かすれた自分の声に苛立つように、オーエンが眉をひそめた。
ぱちぱちと瞬きを繰り返すさまはいっそあどけなくて罪悪感が増す。
「すまない、オーエン」
「なんの話?」
「覚えてないんだ、何も」
オーエンに限らず北の魔法使いたちは気位が高いが、オーエンは特にずば抜けてプライドが高い。記憶がないなどと言えば、きっと彼の矜恃を傷つけるだろうことはわかっていた。けれど、覚えていないことを適当にごまかせるほど、俺は器用なたちではない。だから正直に白状するしかなかった。
「……へえ」
オーエンの目に、わずかに不安のようなものが浮かんだ。けれどそれはほんの一瞬で消えてしまい、代わりに揶揄うように唇に薄い笑みが浮かぶ。
「もちろん責任は取る」
俺がそう言うと、オーエンは表情を消して凍てつく眼差しを向けてきた。ハ、と鼻で笑われる。
「責任? なにそれ。馬鹿にしてるの」
ぐるりと視界が回って天井が見えた。ベッドに押し倒されたのだと一拍遅れて気づく。体捌きであればオーエンには引けを取らないが、魔法を使われると彼には敵わない。わざとらしく膝で鳩尾に乗り上げられて、潰れた蛙のような情けない声が出た。
「僕がおまえに良いようにされるわけがないだろ。何も覚えてない哀れな騎士様は、大嫌いな僕に弄ばれただけ」
興が乗ったのか、オーエンは歌うように言った。嫌がらせのつもりなのだろう。こういう時のオーエンは生き生きとしていて、誰かを無闇に怯えさせるのでなければ、いっそ可愛げすらあった。窓から入ってきた野良猫が書類の上にふんぞりかえって腹を見せてくる時みたいな、しょうがないなと苦笑しながら餌をあげたくなる感じだ。
「おまえ、けっこう可愛いとこあるよな……いててて」
思わずこぼれた本音を拾って、オーエンは顔を真っ赤にしながらぐりぐりと膝を鳩尾に沈めてくる。やはり猫にじゃれつかれてるような気分だった。
オーエンが本気を出せば俺のことなんか簡単に殺せるだろう。でもオーエンは俺を殺さなかった。あの時も、今も。それがひとつの答えなのかもしれない。
順序があべこべだが、人生においてはそういうこともあるだろう。長い脚を掬って痩身をひっくり返しながら、そんなことを考える。
形勢逆転だ。
驚きを隠せず瞠目するオーエンを見下ろす。
「責任は取るって言っただろ?」
「……ッ」
にこりと微笑むと、オーエンは尻尾を踏まれた猫のように毛を逆立てた。逃げ出したいけどプライドが邪魔して逃げられない、そういう顔だ。
あいにくと騎士に二言はない。責任を取って厄介な恋を始めようじゃないか。
