I do.
2020.05.02.
魔法は心で使うのだと教えてくれたのは、中央のおしゃべりな魔女の姉妹だったと思う。あるいは、南の親切な魔法使いかもしれない。少なくともオズではないことだけは確かだ。
だから魔法使いは安易に約束をしてはいけない。約束を破り、己の心を裏切れば、魔法を使えなくなってしまうから。
魔法使いであることをずっと隠して生きてきた俺は、そんな初歩的なことも知らなかった。右腕に刻まれた黒百合が賢者に選ばれた証であることも、魔法を使うには呪文があったほうがいいことも知らずに生きてきた。
けれど見知らぬ魔法使いに左目を奪われた日、俺の世界はひっくり返った。
魔法使いであることがばれて騎士団を追われて、消えない痣を医者に診せたら賢者の魔法使いだと言われて魔法舎に連れてこられた。剣の代わりに魔法を使う日々にもどうにか慣れて、ピジョンブラッドの左目もすっかり違和感はなくなっている。今も時々身勝手に動くので前髪で隠してはいるけど、日常生活には支障がないしな。
北の国の魔法使いたちは、双子の魔法使いを除いて、厄災の日になってようやく魔法舎にやってきた。
そのうちの一人は俺と揃いの色の目を持つ男だった。忘れようにも忘れられるはずがない。
「嘘つきめ。いつまで隠しておくつもりだ? おまえは魔法使いだろう」
嘲笑を浮かべて断罪するように俺の左目を奪った男。屈辱を与えるように自らの眼球を埋め込んで消えた魔法使い。
「はじめまして、騎士様。僕はオーエン。同じ賢者の魔法使いとして、仲良くしようね」
厄災を撃退したあと、オズや北の魔法使いたちは早々に引き上げようとした。
帰ってしまう前に俺の目を返して貰わなければ。そう思って引き留めると、オーエンと名乗った魔法使いは白々しく微笑んだ。金色の左目はすっかり彼に馴染んでいる。まるで最初から自分の目だったかのように。
オーエンはたぶん俺を怒らせたかったのだろう。けれどあいにくと怒りは湧いてこなかった。オーエンは強い魔法使いで、俺は彼よりも弱かったから負けた。負けたことは悔しいが、力不足を棚に上げるのは性に合わない。
「仲良くはできないな。まずは俺の目を返して貰おう」
俺の言葉に、オーエンは楽しげに目を細めた。
「力尽くで取り返してみなよ」
スノウ様やホワイト様が制止の声を上げたのが聞こえる頃にはもう剣を抜いていた。厄災に挑むまでに多少なりとも訓練を積んだし、前回のように手も足も出ないということはないだろう。そう思ったが実際にはまるで歯が立たなかった。
あっという間に地面に叩きつけられて、革靴の裏で胸のあたりを踏みにじられる。俺を見下ろす赤と金の目には酷薄な光があった。残酷で暴虐な北の魔法使い。こいつの気分次第で、俺は石になるのだろう。けれど不思議と恐ろしくはなかった。
「ねえ、命乞いをしてみなよ。みっともなく泣いて縋ったら許してあげる」
「誰が命乞いなんかするか。いつかおまえより強い魔法使いになって、その目を取り返す」
「はっ、何百年経ってもそんな日が来るわけないだろ。ばかな騎士様」
「何百年かけてでも取り返すさ。そうしたら、おまえと仲良くしてやろう」
約束だ。そう続けると、薄っぺらい笑顔が崩れて、オーエンはあどけない子どものように目を見開いた。
軽々しく守れない約束をしてはいけないと教わったけれど、裏を返せば約束を守りさえすればいいのだ。
もとより騎士とは立てた誓いを守ることを誇りにしている。この国を、世界を、人々を守る。かつて王から剣を賜った時に立てた誓いは今も破られていないから、俺はまだ魔法が使える。だったら何年、何百年かかっても強くなればいい。
「……ばかなやつ」
遊んでいた玩具に飽いたような唐突さで、オーエンはふいと顔をそらしてどこかに消えてしまった。
それが俺と気まぐれな魔法使いとの二度目の出会いだった。
