オズフィガSSまとめ - 3/3

「恋とはどんなものかしら」
2020.05.11.
※セフレのオズフィガ。子育て期。
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「おまえが俺に恋してくれればいいのにと、思ったこともあったよ」
 もうずっと昔の話だけれど。
 夜の帳のように敷布に広がる髪を指で掬いながら、戯れのように秘め事を明かしたのはほんの気まぐれだ。
 それを律儀に拾って、オズは怪訝そうに眉を顰めた。その気になればため息を吐く気軽さでフィガロを殺すこともできる男は、共寝をする時には幾分かやわらかな幼さを見せる。自分の髪を玩ぶ手を咎めることもしなかった。ずいぶんと丸くなったものだと苦笑をこぼして、宵闇のような艶めいた髪を梳いていたフィガロは、オズのこめかみに口付けた。
 誰かを意のままに操ることはフィガロの得意とするところだ。
 恐怖を好意にすり替えて、愛と錯覚させて、命がけでフィガロのために身を捧げる。そんな人間や魔法使いをどれだけ作ってきただろう。そのたびに甘く蕩けるような声で誰かの名前を囁いて、愛に似せた何かを与えて、夢から醒める前に永遠の眠りを与えた。
 そういう遊びを繰り返しては、さびしさばかりが胸に降り積もる。
 寂しい時には無性にオズに会いたくなった。きっと互いに孤独であることを確かめたいのだろうとフィガロは思う。傷を舐め合うように交わっても、互いの心もわからずに、ただふたつの孤独がそこにあるのだと思い知りたかった。
 紅く澄んだ星のような瞳がフィガロを見つめる。
 冷たい宝石のような、あるいは爆ぜる炎のようなその目に、自分だけを映してはくれないだろうか。フィガロが初めてそう願ったのは、オズがまだ子供の頃だ。出会ったばかりの、まだ幼さを残す子供が、自分に恋をすればいいのに。そうすれば――…、
「……恋とはどのようなものだ」
 薄闇に響く声が、遠い記憶を辿ろうとしていたフィガロを引き留める。
 フィガロはまじまじとオズを見つめた。この男にそんな問いを投げかけられるなど思ってもみなかった。驚愕のあまり笑い出しそうだったのだが、笑い飛ばせばさすがに拗ねてしまうだろうと思い至ってどうにか堪える。
 数年前に小さな子供を拾ってからのオズは、その幼子にねだられるのか、それこそ子供のような素朴な疑問をフィガロに投げかけることがあった。
 あれは何、どうして雪は降るの、玉ねぎを刻むと涙が出るのはなぜ。無邪気な質問にたじろぐオズを想像するのは楽しかったが、世界中から恐れられていた魔法使いが、子煩悩な親のように教本を読む日が来るなどとは夢にも思わなかった。
「そうだなあ。たとえば、おまえが俺に恋をしたら」
 フィガロは手を伸ばして、オズの頬にそっと触れた。
「その目に俺だけを映したくなって、俺の声だけ聞きたくて、俺なしじゃ生きられなくなる」
「まるで呪いだな」
 呆れたようにオズが言うので、フィガロは今度こそ声を上げて笑った。その通りだよ、よくわかってるじゃないか。飲み込みの早い生徒を褒めるように囁けば、からかわれたと思ったのだろうか。眉を顰めながらフィガロの薄い唇に噛みつく。じゃれつく獣の仕草に、フィガロはますます笑み崩れた。
 恋は呪いだ。その通り。だからこそオズが自分に恋をすればいいのにと思った。恋をすれば、彼はフィガロを殺さないだろう。こうして抱き合いながら、次の瞬間にはこの男に石にされるかもしれないと怯えずに済む。グラスを合わせて酒を飲んでいる時に、目を逸らした途端に殺されることを想像しなくていい。そうすれば、誤魔化すように伏せた瞼に隠した僅かな恐怖を悟られて、紅い瞳が傷つくのを、見なくてもいいのだから。
 何かを考え込むように目を眇めていたオズが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……おまえが言う恋とやらを私がしたのなら、私はおまえを殺すだろうな」
 珍しく饒舌な男に、フィガロは目を瞬かせた。明日は猛吹雪にでもなるのだろうか。ここはどうせ、年中雪に埋もれているけれど。
「おまえを殺して石にして、誰の目にも触れぬように噛み砕いて飲み込むだろう」
 凍てつく海のように冷徹な声が、睦言めいた言葉を紡ぐ。彼なりの冗談なのか、それとも本音なのか。静かな海のような男の真意がわからずに、フィガロは眉を寄せながら笑った。
「……おまえがそんな情熱的な男だったなんて、知らなかったよ」
 オズは答えずに、ただ口付けが落ちてくる。
 その白い歯に噛み砕かれる自分をフィガロは夢想した。ガリガリと命に歯を立てられて、オズの中に溶けていく。悪くはないかもしれない。粉々に砕かれて混ざりあってしまえば、この男を慈しみながら怯えることもないだろうから。