Hitosaji Memo

cheers!

2周年ストあたりのマブダチ度を想定。AロマのファウストとAlloロマのネロがランチデートしてるだけの話。
#まほやく #東保護者


――――――

 子供たちは昨日からブランシェット領に帰っていて、畢竟、本日の授業は休講となった。珍しく任務の予定も討伐の依頼もない。
 ならば図書室に引き籠って一日中読書でもしようかと考えてから、授業で使う魔法薬の材料が不足しているのを思い出した。
 昼日中に王都まで足を運ぶのは気が進まなかったが、こまごまとした日用品も買い足したい頃合いである。せっかく天気も良いことだしと己に言い聞かせて魔法舎を出ようとしたところで、年上の友人に呼び止められた。
「先生もこれから出かけんの?」
「そうだけど」
 話を聞けば、ネロも王都の市場へ買い出しに行くところだったらしい。
「どうせなら一緒に行こうぜ。ついでに昼飯でも食って帰ろう」
「いいよ」
 ファウストは二つ返事で頷いた。
 昔の自分であればにべもなく断っていただろう。それを言ったら、昔のネロだってこんな時に誰かに声をかけたりしなかっただろうけれど。
「実は最近市場の近くにできた飯屋で評判いいとこあってさ。一度行ってみたかったんだよな」
「店選びはきみに任せるよ」
 魔法舎が誇る腕利きのシェフは、己の技量に驕ることなく日々研究に余念がない。街へ出る機会があれば、評判のカフェやレストランで食事をして、どんなレシピが流行っているのかこっそり調べているらしい。もちろん自分で再現するためだ。趣味と実益を兼ねたお遊びのようなものだと、いつだったか言っていた。
 その『お遊び』の恩恵を日々享受している身としては、付き合うのはもちろんやぶさかではないし、むしろたまには奢らせてもらいたいくらいだった。ネロが嫌がるので、大抵は割り勘になるけれど。
 王都の市場はいつものように賑わっていた。
 それぞれ買い物をすませてから広場で待ち合わせて、目当てのレストランへ向かう。
 ちょうどランチの客が入れ替わるタイミングだったようで、並ばずに入ることができた。出る時には店の前に行列ができていたから、運が良かったのだろう。
 ランチメニューは肉と魚の二種類あって、ファウストは宇宙鷄のポワレ、ネロはビネガーフィッシュのムニエルを注文した。しばらくすると出来立ての料理が運ばれてきた。半分ほど切り分けて、お互いの皿に移す。こうすれば両方味見ができるので、一緒に食事をする時にはなんとなく暗黙の了解になっていた。
 ――こんなふうに食事を分かち合うような友人なんて、二度と作らないつもりだったのに。
 奇妙な感慨と共に咀嚼したムニエルは、肝のソースが癖になるとの評判どおりで、ワインが欲しくなる味だった。
 これは飲まなければ損だろう。
 顔を上げると、琥珀色の瞳と目が合った。
 その瞬間、心が通じ合ったように、ネロがそっとワインのリストを差し出した。ファウストは頷いてそれを受け取り、店員を呼ぶ。
 子供たちがいないのをいいことに、昼からワインをボトルで注文してしまった。ヒースクリフやシノと一緒に食事をする時は、子供たちの手前ほとんど飲まないようにしているが、ネロと二人きりなら互いに気兼ねする理由もない。
「美味いな、これ」
「ほんとだ。重すぎないから飯にも合うし」
 店員に勧められたワインは手頃な値段ながら飲みやすく、ついラベルの銘柄を確認してしまった。今度市場で探してみよう、と頭の片隅に書き留める。
 他愛もない話をしながらそれぞれ手酌で酒を飲む。食事を終える頃には、ボトルはすっかり空になっていた。
 店を出た二人は、酔いを覚ますために通りを少し歩くことにした。
「あのソース、あんた結構好きだったろ。酒が進む味だから、騎士さんあたりもきっと好きだよな。お子ちゃまたちには早い気がするけど」
「たしかに、リケやミチルは苦手だろうな」
「だよなあ。使ってるスパイスやハーブは何となくわかったから、そこそこ近い味を再現できると思う。今度、部屋飲み用に作ってみてもいい?」
「楽しみにしておくよ」
「任せといて。あ、そのハーブを買うから俺はもう一度市場に寄るけど、先生はどうする? 疲れてるなら先に帰っててもいいぜ」
 おそらくは人混みが嫌いなファウストへの気遣いだろう。
 ネロはいつもそんな風にさりげなく気を配ってくれる。甘やかされすぎているな、と思うこともあったが、正直なところ悪い気はしない。
 ファウストは顎に手を当てて少しのあいだ考え込んだ。
 たしかに市場の人混みは不得手だが、ネロが買い物をしている姿には少し興味がある。
「きみの邪魔にならないなら、僕もついて行こうかな。荷物持ち程度にしかならないけど」
「邪魔じゃねえけど、先生に荷物持ちなんかさせたら羊飼いくんに叱られそう。ファウスト様に箒より重いものを持たせるなんて――とかなんとか」
「なんだそれは。僕だっていざという時は魔法を使わなくてもおまえくらい担げるぞ。ミスラはさすがに難しいかもしれないが」
「あんたがミスラ抱えようとしてるの想像したら酔いが覚めたんだけど……」
 くだらない軽口の応酬に、顔を見合わせて笑う。
 そんな与太話をしておきながら、午前中に買った荷物は魔法で小さくして鞄にしまっておいたので二人ともほとんど手ぶらだった(こういう時、魔法というのは実に便利だ)。食後の散歩のつもりで、人混みの中を泳ぐように歩く。
 食材や調味料を売る店が建ち並ぶエリアは、ファウストにはあまり馴染みがない場所だった。露店に並ぶ野菜や果物を物珍しく眺めていると、ネロがときおり足を止めて、この野菜は今が旬だとか、油で炒めると美味いのだとか、丁寧に説明してくれる。
 結局、目当てのハーブを買う前に、ネロは旬の野菜や果物をいくつか買い足していた。ファウストも通りがかった酒屋で先ほど飲んだ銘柄のワインを何本か買っておいた。これでしばらく部屋飲みには困らないだろう。
 買い物を終えた二人は、市場の外へ出てから箒に乗った。
 東の国と違って、中央では魔法使いだからといっていきなり通報されたり石を投げられるようなことは滅多にない。面倒ごとを気にせずに箒に乗れるのは悪くなかった。
 わずかに西へと傾き始めた陽の光はやわらかく、頬を撫でる風は穏やかだ。
「《サティルクナート・ムルクリード》」
 帰路を急いでいるわけでもないし、と思い立ち、ファウストは小さく呪文を唱えた。
 魔法で取り出した二脚のグラスに、買ったばかりのワインを注ぐ。
 片方のグラスが海月のように空を泳いで、ネロの手元に届いた。
 琥珀の瞳に揶揄うような色が浮かぶ。グラスを受け取りながら、年上の友人は片目を瞑って笑ってみせた。
「なんだよ、先生。まだ飲み足んねえの?」
「味見だよ。いらないなら返してくれ」
「いやいや、ありがたくいただきますとも」
 緩やかに並走する箒に腰掛けたまま手を伸ばして、互いのグラスのふちを軽く合わせる。
 涼しい音色が、昼下がりの長閑な空に響いた。

close