触れた膚はひどく冷えていて、庭にしんしんと積もる雪を思わせた。悟られぬようにほんのわずかに眉を顰めて骨張った足をそっと撫で摩る。掌の熱を少しでも分けてやれればと思ったのだ。抜けるように青白い皮膚の、足先ばかりがいかにも痛々しく爛れてしまっている。家康はひとつため息混じりにぼやいてみせた。
「まったく、すっかり霜焼けになっているではないか」
「五月蠅い男だ、それがどうした」
三成は煩わしげに労りの言葉を斬って捨てた。まるで抜き身の刀のようにひやりとした声音に思わず苦笑を噛み殺す。
昨晩から降り続いた雪は庭をすっかり白く覆っている。しんから冷えるような日に、三成は足袋も履かずに濡れ縁を歩いていた。その足が赤く腫れているのを目に留めて、家康がむりやりに部屋へと引っ張り込んだのがつい半刻ほど前のことだ。足の間に火鉢を抱えさせている間に薬箱を取り出し、利き足を取って検分し始める。
三成は煩わしそうな様子ではあったが別段用事もなかったのか、されるがままに足を預ける。しばらく前には考えられなかったことだと家康は苦笑を深くした。それだけ気を許されたのだと思いながらもどこか苦い感情がわいてくる。
いくさ場においては幽鬼のように敵味方に怖れられる男が、その実、幼い子どものように頑是無いだけなのだと知る者は少ない。家康にしても、三成の容赦のなさが、ただ唯一の他に頓着していない性分のためだと気づいたのは最近のことである。潔いと言うには余りにも危なっかしいが、三成はそれより他に術を知らないのだ。そう気づいてから、いつしか目を離せなくなっていた。
「こんな風にあかぎれになってはさぞ痛むだろう」
「この程度、痛みの内にも入らん」
掌で温めた軟膏を指先に塗り込めてやりながら家康は首を竦めた。両の指先に塗って摩るうちに血色の悪い足にようやく熱が戻ってくる。
「あのなあ、わしが言いたいのは無闇に自分を傷つけるような真似は止せということだ」
足袋でも履けば済む話だろう。そう諭せば三成は嘲るように眉を跳ね上げた。
「そんなものは邪魔でしかない。動きが鈍る」
「……まったく、お前はどうしてそう頑ななんだろうな」
「やわい刀に何が斬れる」
すっかり機嫌を損ねたのか、三成は短く吐き捨てた。そして家康の手を払うようにして立ち上がる。
「待て、三成。ならば訊くが、刃こぼれした刀にいったい何が斬れるというのだ」
「愚問だな、そんな刀など捨ててしまえ」
三成はそれきり興が失せたように家康に背を向けた。相変わらず裸足のままで躊躇いもなく歩いていく。せっかく薬を塗ってやったのに、あれではまたすぐに冷えてしまうだろう。
家康はやれやれと肩を竦めながらそれを見送った。
触れることは許されても慈しむことは許されない。それが酷くもどかしい。
「やれ、三成。童のような成りでどこへ行く」
足早に歩いていた三成を呼び止めたのは大谷の声だ。障子の向こうは彼の部屋である。はて何のことかと首を傾げて三成は無遠慮に戸を引いた。部屋の奥、小袖に綿入れを肩に掛けた格好の大谷は、三成の方にちらりと視線を寄越して薄く笑った。
「私を呼んだか、刑部」
「おお、やはりぬしの足音か。相も変わらず忙しのないことよ」
何やらずいぶんと楽しげな声色である。まあそう急いても戦は始まらぬ、ひとつ茶でも飲んでゆけと呼び止められて、断る理由もなかったので三成は頷いた。促されるままに部屋へと入り、後ろ手に戸を閉める。
「童のようとは何のことだ」
「なに、このような寒い日に裸足で駆けるなど、童でなければぬししかおらぬと思ったまでよ」
「……よもや貴様まで私に素足で歩き回るななどと、つまらぬ説教をする気ではないだろうな」
「ほう、ぬしに説教とな。徳川もつくづく難儀な男よの」
大谷は喉奥で笑ってみせた。冬枯れの風に似た響きであった。なぜ家康のことだとわかったのかといささか驚いて目で問うと大谷は更に笑みを深くする。
「ぬしに説教をするなどという愚かな真似をする男は、徳川以外に知らぬのでな」
「愚かな真似か」
「左様だとも。届かぬ刃ほどむなしきものもあるまい。だが徳川はそれを認めたくないのであろ」
大谷の言葉は雪のようである。しんしんと積もってゆくがやがて溶けて泥にまみれる。しかし不思議と耳に心地良く余韻を残す。少なくとも家康のように煩くはない。
「ぬしを損なうも損なわぬも、ぬし自身が決めれば良いことよ」
言って大谷は立ち上がる。茶道具を取りにでも行くのかと思えば部屋の隅で何やら行李を検分しているようだった。やがて真白の足袋を手に戻ってきたので、三成はむっと口元を歪めた。さきほどの甘言はいったい何だったのだ、結局はこの男もいらぬ世話を焼くつもりなのだろうか。しかし大谷は可笑しげに笑うばかりである。
「そう拗ねるな、三成よ。われはぬしの好きにすれば良いと思うておるが、ぬしは豊臣のための刃であろ。ならばぬしを損なうことは豊臣を損ねることぞ。それはぬしの本意ではなかろうよ」
「豊臣の」
三成は低く反芻した。なるほど言われてみれば大谷の言葉は尤もである。この身と忠誠は豊臣に捧げたものであれば、主の許可なく損ねることは不忠にあたるだろう。三成は頷いて差し出された足袋を手に取った。
「さて、われは茶でも淹れてまいろう。ぬしはゆるりと寛いでおれ」
傍らの火鉢を三成の方へと押しやりながら大谷は忍び笑う。
(やれ、ほんに童のような男よの)
