「ほんっと最悪。おまえと違って僕は忙しいんだけど。そもそもこんな寂れた商店街のどこにイルミネーションがあるって言うのさ」
オーエンはスマホをいじりながら悪態を吐いた。しかしマイペースな男はどこ吹く風だ。殴り合いの喧嘩になった相手を無理やり連れてきたという自覚はまるでないようである。相変わらず横暴で人の話を聞かない男だった。
ミスラは自分がお茶に誘えば相手は喜んでついてくるものだと思い込んでいる。大抵の人間は、恐怖から頷いているだけだというのにそのことには気づいていないのだ。そして、彼を恐れることがないオーエンやブラッドリーのことは、友達だから当然喜んでいると思うらしい。能天気にも程がある。友達の意味を辞書で引いて百回音読してから出直してきてほしかった。
「あなたの目は節穴ですか? ほら、あそこにあるでしょう。毒々しいピンクのネオンが」
「ありゃスナックの看板だろうが。オーエンの野郎と同意見ってのも癪だけどよ、てめえはせめてイルミの意味ググってから連れてこいよ」
うんざりした様子でため息をついて、ブラッドリーは地べたにしゃがみ込んだ。実に堂々としたヤンキースタイルである。実際、彼はここら一帯の不良どもを束ねるヘッドだった。すでに反社会組織から直々にスカウトの声もかかっているという噂を耳にしたこともあった。喧嘩もまあまあ強い。自分やミスラとタイマンを張ることができる程度には。一匹狼のオーエンにはチームなんてものの良さは微塵も理解できないが、任侠を気取ってみせるくせに舎弟を手足のように冷静に使うブラッドリーの賢しさはそれなりに気に入っている。
(少なくとも、ミスラよりは話が通じるし)
などと無駄なことを考えている場合ではなかった。
オーエンは我に返ってスマホを睨みつけた。これから芸能校きってのインフルエンサーことカイン・ナイトレイの生配信が始まるのだ。
オーエンは彼のアンチを自認している。アンチだからこそ隅々まで徹底的に視聴して、ここぞというところで限度額までスパチャして難癖コメントをつけてやらねばならないのだ。それに気づいたカインが自分の未熟さを恥じ、一瞬悔しげに眉を寄せるさまを見るのが堪らなかった。その顔を見逃すわけにはいかないのだから、うらぶれた飲み屋の看板を見る暇など一瞬たりともないのである。
ブラッドリーが薄気味悪そうな顔をしてこちらを見上げているのが、かろうじて視界の端に映った。
「……しかし趣味が悪ぃな、そのナイト様だとかいうのも」
「は?」
オーエンはディスプレイから目を離さずに剣呑ないらえを返す。自分は散々暴言を吐くくせに、他人が悪口を言っているのはカンに触るのがアンチのアンチたる所以である。配信中じゃなければ無言で鳩尾を蹴り上げていたところだ。
「よりにもよっててめえに告ったんだってな。悪趣味にも程があるだろ」
「…………どこで聞いたんだよ、そんな与太話」
一瞬沈黙してしまったのは悪手だっただろうか。
努めて平静を保ちながらオーエンはにべもなく切り捨てる。もちろん、配信からは目も気も逸らしてはいない。この馬鹿、柄でもないラブソングのカバーなんか歌ったら、勘のいい奴らが騒ぐだろ。いや、勘付かれて困ることはないんだけども。
「俺の情報網を舐めてもらっちゃ困るぜ」
得意げな声にイラッとしたが、そのおかげでふいに思い出す。そういえば最近、不良校の生徒でカインと親しくなったやつがいたのだ。あれは確かブラッドリーのチームにいた男だった。やる気があるのかないのかわからないクラゲのような男を、ブラッドリーがやたらと目に掛けているようだったから記憶に残っていた。
「フン、どうせ購買部のバイトだろ。あの、ネロとかいう」
何が情報網だよと吐き捨てると、勝ち誇ったように鼻で笑われた。
「おまえのその様子じゃ、マジの話みてえだな。あいつから聞いた時はもうちっとマシな冗談言えねえのかよと思ったけどよ」
「…………チッ」
まんまとのせられたのだと悟った時にはもう遅かった。この手の駆け引きは、ブラッドリーが得意とするところだったのに、うっかり油断してしまった。
「へえ。付き合うんですか、その彼と」
さてどう誤魔化してやろうかと思案していると、なぜかミスラまで話に乗ってきた。たぶんネオンを眺めるのに飽きたのだろう。だからって恋バナに乗るようなキャラじゃないだろと突っ込みかけてから、別にこれは恋バナじゃないし……と心の手刀をおさめた。
「付き合うわけないだろ。その場で振って、おしまいだよ」
「どうして」
「どうしてって……、僕と付き合う騎士様なんて完全に解釈違いだし」
『バラード歌う技量なんてないんだから、せめて感情を込めてみたら?』
そうコメントを書き殴り、限度額まで投げ銭してやる。読み上げようとしたカインが瞬いてから苦笑した。確かに、ちょっと背伸びしすぎちまったかな。コメント、ありがとな。スマホ越しの甘い声に眉を顰める。そんな『やれやれ、しょうがないな』みたいな顔じゃ、ちっとも面白くない。だいたい告白しといて無様にフラれたんだからもっとしょんぼりしてろよ。ムカつく。
「……ほんっとに悪趣味だな、そいつ」
「うるさい、死ね」
ブラッドリーの顎を蹴り上げてやろうとしたが、寸でのところでかわされた。
「あぶねっ。……ん?」
慌てて飛び退いたブラッドリーが、ふと、前方を見て眉を顰めた。
「あいつ。あそこで買い物してんの生徒会長サマじゃね?」
ちょうど配信が終わったところだったのでオーエンもそちらに目を向けた。白いブレザーの少年には、確かに見覚えがある。何やら買い物の途中のようで、品行方正な王子様のような少年の手には長ネギが突っ込まれたスーパーの袋があった。
「王子様がネギ持ってるなんて笑える」
「あ、たこ焼きのファミリーパックも買ってますよ。……あの人、頼んだらあのたこ焼きくれないかな」
「いや、たこ焼きカツアゲはダサいだろ。腹減ってんのか?」
「ていうか、王子様と一緒にいるのって、うちの体育教師じゃない? ファミリーパックじゃ割にあわないでしょ」
オーエンの指さすほうを見て、ブラッドリーが「げっ」と呻いた。ミスラも顔を顰める。まったく堅気に見えない長身の男が、スーパーの袋を受け取ろうとしている。殺し屋だったという噂すらある教師と生徒会長が共にいる理由はわからないが、近づかないほうが身のためだろう。あの男に立ち向かうなら、殺す気でいかなければならない。こんな腑抜けた気分の日には無視するに限る。
「……あー、そろそろ帰るか」
「賛成」
「まあ、そうですね」
なんとなく毒気を抜かれて、三人はその場を後にした。
体育教師のおかげでカインの話もうやむやにできただろうとオーエンは内心ほくそ笑んだ。諦めの悪そうなナイト様にオーエンは何回目で折れるのか、ちゃっかり賭けの対象にされていたことを彼が知るのはまた別の話だ。
